売春婦の歴史と実態|公娼制度から困難女性支援法までの変遷

売春婦の歴史と実態|公娼制度から困難女性支援法までの変遷

売春婦の歴史と実態|公娼制度から困難女性支援法までの変遷の全体像を分かりやすくまとめてご紹介します。

戦後復興期から売春防止法施行までの間、日本国内には赤線・青線の違いと呼ばれる特有の地域区分が存在しました。警察の指導や行政の監督下で「特殊飲食店」として事実上の売春営業が黙認されていた地域を「赤線」、警察の許可なく非合法に売春を行っていたスタンドバーや飲食街を「青線」と呼びました。地図上に赤や青の線で境界を引いて管理していた警察内部の慣行が語源とされています。

当時、赤線街で働いていた女性たちの中には、戦争による寡婦や家族の生活を支えるためにやむを得ず従事したケースが少なくありませんでした。当時の報道や関係者の証言録には、「他に食べていく手段がなかった」「生きるために選択の余地がなかった」といった生々しい告白が残されています。1958年4月1日の売春防止法完全施行により、全国の赤線地帯は一斉に看板を下ろし、一般の飲食店や宿泊業へと転換を迫られました。

時代・区分法的性格と実態主たる従事理由・背景現代の評価・総括江戸〜戦前(公娼制度)国家・幕府公認、警察による性病検査と身元管理貧困による人身売買、前借金による拘束構造的な人権侵害および国家管理売春戦後〜1958年(赤線・青線)赤線=警察黙認の特殊街、青線=完全な不法地帯戦災孤児・戦争寡婦の困窮、極度の生活難過渡期の暫定措置と法整備の遅れ1958年〜現在(売春防止法下)売春の原則禁止、管理・斡旋の刑事罰化経済的困窮、家庭崩壊、ホスト売掛金、孤立取り締まりから包括的福祉支援への転換期
山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。