戦後復興期から売春防止法施行までの間、日本国内には赤線・青線の違いと呼ばれる特有の地域区分が存在しました。警察の指導や行政の監督下で「特殊飲食店」として事実上の売春営業が黙認されていた地域を「赤線」、警察の許可なく非合法に売春を行っていたスタンドバーや飲食街を「青線」と呼びました。地図上に赤や青の線で境界を引いて管理していた警察内部の慣行が語源とされています。
当時、赤線街で働いていた女性たちの中には、戦争による寡婦や家族の生活を支えるためにやむを得ず従事したケースが少なくありませんでした。当時の報道や関係者の証言録には、「他に食べていく手段がなかった」「生きるために選択の余地がなかった」といった生々しい告白が残されています。1958年4月1日の売春防止法完全施行により、全国の赤線地帯は一斉に看板を下ろし、一般の飲食店や宿泊業へと転換を迫られました。