東声会の歴史を紐解く上で欠かせないのが、創設者である町井久之(本名:鄭建永)という傑物の存在です。1923年に東京で生まれた町井は、戦後の混乱期に頭角を現し、愚連隊の頭領として銀座や新橋を舞台に勢力を伸ばしました。当時の東京は、第三国人勢力と旧日本軍復員兵らによる縄張り争いが激化しており、町井率いるグループは警察力の手が届かない治安の空白地帯で圧倒的な武力を示しました。
1957年、町井は自らの配下にあった約1,500名もの構成員を結集し、「東声会」を正式に旗揚げしました。その創設理由の根底には、当時活発化していた左派・在日朝鮮人連盟に対抗するための「反共防波堤」としての役割と、在日韓国人の権益擁護がありました。銀座の一等地を暴力と統率力で平定した町井は「銀座の虎」「牛魔王」と恐れられ、単なる街の不良集団から、東京屈指の巨大独立組織へと一気に駆け上がったのです。