高野山奥之院の謎を解く|弘法大師信仰と戦国武将の墓が語る聖地の真実

高野山奥之院の謎を解く|弘法大師信仰と戦国武将の墓が語る聖地の真実

高野山奥之院の謎を解く|弘法大師信仰と戦国武将の墓が語る聖地の真実を徹底追究! 知っておきたい トピックの裏側を凝縮して配信します。

奥之院の参道を歩く者が等しく息を呑むのは、日本史の教科書に名を連ねる英雄たちの供養塔が至近距離で居並ぶ光景です。本能寺の変で対峙した織田信長と明智光秀、川中島で幾度も激闘を繰り広げた武田信玄と上杉謙信、さらには豊臣家、徳川家、伊達政宗、薩摩島津家など、互いに血で血を洗った武将たちが等しく高野山の杉木立の下に墓所を構えています。

なぜ彼らは、生前の遺恨を越えてこの地に集まったのでしょうか。歴史社会学的な観点から紐解くと、そこには真言密教が説く「怨親平等(おんしんびょうどう)」の思想が存在します。怨親平等とは、敵(怨)も味方(親)も命を落とせば等しく救われるべき尊い存在であるという仏教の教えです。戦乱の世に無数の命を奪い、自らもいつ討たれるか分からぬ極限の緊張下で生きた武将たちにとって、大師の膝元こそが罪業を滅罪し、魂の平安を得られる唯一無二の浄土でした。

もう一つの決定的な要因は、弥勒信仰との結びつきです。弘法大師が弥勒菩薩の下生とともに甦る際、その傍らに墓碑や遺髪・遺骨を納めておけば、自らも真っ先に極楽往生へ導かれると信じられていました。いわば奥之院は、戦国を駆け抜けた権力者たちにとって、現世の勝敗を超越した「究極の死後保険」であったと言えます。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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