意外にも、日本には古くから「人は右」という慣習があったわけではありません。江戸時代の武士は、左腰に差した刀の鞘(さや)が触れ合うトラブル(鞘当て)を防ぐために左側を歩いていたとされ、明治から戦前(1900年の警視庁令など)にかけては「人も車も左側通行」が国の基本ルールでした。
転換期となったのは終戦直後の1949年(昭和24年)の道路交通取締法改正です。連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指導と、戦後のモータリゼーション初期に急増した交通事故死者(いわゆる交通戦争の兆候)を抑止するため、米国の安全思想を取り入れた「車は左、人は右」の分離方式が導入されました。
車両の通行区分(左側)を維持したまま歩行者側のみを右側に変更したことで、道路インフラを大規模改修することなく対面交通を実現し、死傷事故の大幅な減少に貢献したという歴史的背景があります。