ふたりの出会いは、青年時代にさかのぼる。1973年、柄本明さんらと共に「劇団東京ヴォードヴィルショー」を結成し、コメディの舞台に没頭していた高田さん。その劇団の舞台や稽古場を通じて出会ったのが、後に妻となる女性だった。
当時の演劇界で生活を成り立たせるのは至難の業だ。結婚を意識した高田さんは、将来への不安から一度は役者の道を断念。ジュエリーデザイナーとしての職を得て、会社員生活を送る決断を下す。しかし、舞台への情熱を捨てきれない夫の葛藤を、妻は見逃さなかった。「やりたいことがあるなら、後悔しない道を選んでほしい」——その背中を押す一言が、後の「コメディアン・高田純次」を再始動させる最大の転機となった。