事件の舞台となったのは、岡山県苫田郡西加茂村(現在の津山市加茂町)に属する貝尾集落でした。1938年5月21日午前1時40分頃、電柱の送電線を切断して集落全体を完全な闇に陥れた都井睦雄は、頭にナショナル製の小型懐中電灯を2本角のようにくくりつけ、胸にも自転車用角型ランプを吊るす異様な出で立ちで活動を開始しました。
睦雄が手にした凶器は改造猟銃(ブローニング製5連発散弾銃を改造し装弾数を増やしたもの)、研ぎ澄まされた日本刀、そして匕首(短刀)でした。彼はまず、就寝中だった実の祖母の首を斧で跳ねて即死させると、隣家へと次々に押し入り、あらかじめ作成した標的リストに沿うかのように集落の住民を銃撃・刺殺していきました。
この凶行による犠牲者は、即死者28名、重傷を負って後に死亡した者2名の計30名に達し、負傷者も3名に上ります。夜明け前の午前3時30分頃、睦雄は山頂(仙の峰)へ登り、自らの胸を猟銃で撃ち抜いて自決しました。わずか1時間半余りの間に集落の人口の相当数が失われたこの出来事は、単独犯による短時間の大量殺人事件として世界犯罪史上でも類を見ない規模の惨劇となりました。