プロアスリートが国籍を変更する際、世間からは時に「国際大会に出場するための便宜的な選択ではないか」という冷ややかな視線が向けられることがあります。しかし、ジョシュ・ホーキンソン選手が歩んできた道のりは、そうした功利的な計算とは対極に位置するものでした。
名門ワシントン州立大学でカレッジバスケのスターとして君臨し、同大学のリバウンド記録を塗り替えるなど目覚ましい実績を残しながらも、NBAドラフトでは指名を受けられなかったホーキンソン選手。プロとしてのキャリアの岐路に立たされた彼が、2017年に新天地として降り立ったのが当時B2リーグに所属していたファイティングイーグルス名古屋でした。
見知らぬ異国の地、言葉も文化も通じない環境で彼を待っていたのは、想像を絶する孤独ではなく、日本の人々からの惜しみない温もりでした。クラブ関係者、街で行き交う市民、そしてアリーナを埋めるブースターが、まだ若きアメリカ人青年を家族のように温かく迎え入れたのです。当時のインタビューや手記において、彼は「自分をプロバスケットボール選手として受け入れ、育ててくれたのは日本だった。この国と人々にどれほど救われたか計り知れない」と述懐しています。
その後、2020年に移籍した信州ブレイブウォリアーズでは、長野の豊かな自然や温泉文化、郷土の食に魅了され、地域社会との結びつきをさらに深めていきました。彼にとって日本は単なる「プレーする職場」ではなく、自らのアイデンティティを再構築した「第2の故郷」へと昇華していったのです。日の丸を背負う覚悟の根底にあったのは、名誉欲ではなく、「この愛する国のために自らの骨を埋める」という純粋無垢な感謝の念でした。