インターネット上の言説では「ロシアと中国は一枚岩で結託している」という見方が目立ちますが、アムール州 歴史 地図を紐解くと、両国間には歴史的な記憶の非対称性が横たわっています。
1858年、ロシア帝国と清朝の間で締結された「アイグン条約(愛琿条約)」によって、アムール川以北の広大な領土が清からロシアへと割譲されました。中国側にとってはアヘン戦争期に続く「屈辱の不平等条約」の象徴的地域であり、ブラゴヴェシチェンスクの対岸にある愛輝(アイグン)歴史陳列館などには当時の歴史的経緯が記録されています。対照的にロシア側にとっては、極東開拓の英雄ムラヴィヨフ総督が成し遂げた領土拡張の栄光として記憶されています。
現在でこそ戦略的パートナーシップのもとで経済協力が加速していますが、人口数億人を抱える中国東北部と、広大な面積にわずか数十万人しか暮らしていないアムール州という「人口動態のアンバランス」に対するロシア側の潜在的警戒感は消えていません。表向きの蜜月と、水面下で蠢く人口侵食への警戒感という二重構造こそが、国境地帯の隠された現実です。