今日、私たちが目の当たりにする保津川の美しい景観と舟運の歴史は、江戸初期の豪商・角倉了以の偉業なくしては語れない。険しい岩場が続き、水運の難所であった保津川をダイナマイトもない時代に人力で開削し、丹波地方と京都を結ぶ水上物流ルートを切り開いた人物だ。
明治時代に入ると川沿いに山陰線が開通したが、時代の変化とともに新線へ引き継がれ、旧線は一度廃線となった。しかし、その打ち捨てられかけた鉄路を地域資源として再評価し、蘇らせたのが日本の観光鉄道業における先駆的な取り組みだった。歴史の重みを感じさせる煉瓦造りのトンネルや鉄橋を走る時、先人たちの知恵と情熱が時を超えて息づいていることを実感するだろう。