三菱合資会社の正体とは?財閥解体の真相と現代へ受け継がれた巨大な源流

三菱合資会社の正体とは?財閥解体の真相と現代へ受け継がれた巨大な源流

三菱合資会社の正体とは?財閥解体の真相と現代へ受け継がれた巨大な源流についての真相をご紹介します。

幕末の土佐藩営「九十九商会」を原点とする三菱合資会社の歴史は、激動の事業転換の連続でした。明治維新後、海運業で莫大な富を築いた創業者の岩崎弥太郎は「郵便汽船三菱会社」を立ち上げますが、官営の共同運輸会社との壮絶な競争を経て海運部門の統合を余儀なくされます。

これを契機に、三菱は海運一本足打撃からの脱却を図り、鉱山開発や造船業、不動産事業への多角化を加速させました。そして1893年(明治26年)、近代的な商法が施行されたタイミングに合わせて設立されたのが三菱合資会社(資本金1,200万円)です。これが本格的な財閥本社機能の設立経緯となりました。

この組織改編と軌を一にして進められたのが、現在では日本屈指のビジネス街となった三菱本社の丸の内の歴史です。1890年、明治政府から陸軍練兵場跡地(約10万坪)を約150万円で一括買収。当時は草が生い茂り「三菱ヶ原」と揶揄された広大な荒野に、1894年に赤レンガ造りの「三菱一号館」を竣工させました。そこからロンドン・ロンバード街を模した近代的なオフィス街を形成していった歩みは、同社の先見性を象徴しています。

佐藤 大輔
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佐藤 大輔

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