1984年(昭和59年)にリリースされた『男の背中』は、増位山太志郎にとって現役引退から親方職へ腰を据え始めた転換期に世へ送り出された記念碑的な一曲です。作詞・作曲を一手に手掛けたのは、細川たかしの『望郷じょんから』や天童よしみ『珍島物語』などを生み出した昭和歌謡界の巨匠・中山大三郎。中山が描いたのは、華やかなスポットライトの裏で男が一人酒を酌み交わし、多くを語らず背中で人生を語るダンディズムでした。
当時のインタビュー記録や制作秘話によると、中山は増位山という人物の「力士としての逞しさ」と「歌手としての繊細すぎるウィスパーボイス」という強烈なギャップに強く着目したとされています。「背中で泣いてる 男の背中」という象徴的なリフレインは、土俵という逃げ場のない真剣勝負の世界で背負い続けた孤独と、世のサラリーマンが日常で抱える哀愁が見事に重なり合う構造になっています。
派手な自己主張を良しとせず、沈黙の中に誠実さを宿す生き様――。バブル経済へと向かい急速に価値観が移り変わっていた1980年代半ばにおいて、中山大三郎が提示した「背中で語る男の姿」は、競争社会に疲弊した大人の男性たちの心を強く鷲掴みにしました。