旧ジャニーズ事務所(現STARTO ENTERTAINMENT)は、創設以来「所属タレントは原則として本名で活動させる」という明確な方針を貫いてきました。木村拓哉、中居正広、嵐のメンバー、TOKIO、V6に至るまで、看板タレントのほぼ全員が本名で第一線を走り抜けています。その強固な慣例の中で、なぜ横山裕だけが芸名を名乗ることになったのか、そこには当時の事務所社長であったジャニー喜多川氏の極めて直感的な判断がありました。
発端は、1996年に横山が事務所に入所した直後のことです。当時の特番インタビューや本人がバラエティ番組『A-Studio』などで赤裸々に語った証言によると、ある日突然、ジャニー氏から「You、名前なんて言うの?」と尋ねられました。「横山侯隆です」と答えた横山に対し、ジャニー氏は怪訝な表情を浮かべ、次の言葉を放ちます。
「侯隆? 漢字が読めないし、口が回らなくて呼びづらいよ」
天下のプロデューサーにとって、メディア露出が増えるタレントの名前が難読であることは致命的なデメリットと映りました。そこでジャニー氏は即座に改名を提案。最初に飛び出した候補は、当時のアメリカンなノリを反映した「ジョー横山」や「ヘンリー横山」といった奇抜な名前でした。これには横山自身も「さすがにそれは勘弁してください」と難色を示したといいます。
頭を抱える横山に対し、ジャニー氏がふと発した口癖こそが、すべての決定打となりました。「Youの漢字は……そうだよ、僕の口癖は『You』なんだから、漢字一文字で『裕(ゆう)』にしちゃいなよ」。
ジャニー氏自身のトレードマークである呼びかけ「You」からインスピレーションを受け、本名の難読さを一掃する親しみやすい漢字として「横山 裕」が誕生した瞬間でした。本名のアイデンティティを尊重しつつも、エンターテインメント業界で大衆に認知されるためのスピード感を優先した、昭和・平成の芸能史を象徴する劇的な改名劇だったといえます。