デビュー当時のサザンオールスターズを巡る言説において、現在最も誤解されがちなのが「当初はコミックバンド扱いされていた」という点です。
1978年6月25日にリリースされたデビューシングル『勝手にシンドバッド』でテレビの歌番組に登場した際、桑田佳祐はジョギングパンツにランニングシャツという出で立ちで登場し、カメラの前で凄まじいスピードとテンションで叫ぶように歌いました。当時の大人世代や保守的な音楽評論家からは「歌詞が何を言っているのか聞き取れない」「お笑いバンドの企画モノではないか」と揶揄された歴史があります。
しかし、その実態は極めて計算された音楽的革命でした。ラテン・パーカッションとハードロックのグルーヴを融合させ、日本語の子音と母音を崩してロックのビートに乗せるというアプローチは、日本語ロックの歴史における決定的なブレイクスルーでした。翌1979年に珠玉のバラード『いとしのエリー』をリリースし大ヒットさせたことで、世間は彼らの底知れない音楽的教養と本物の才能に驚愕することになります。
その後のKUWATA BANDの結成や、ソロ活動での『波乗りジョニー』『白い恋人達』といった名曲の数々は、若い頃から培った確固たる音楽理論と反骨精神の延長線上に咲いた大輪の花といえます。