大野智の経歴を語る上で欠かせない最大のターニングポイントが、1997年から1998年にかけて出演した京都の常設劇場シアター1200での舞台『ジャニーズ・ファンタジー KYO TO KYO』です。当時16歳から17歳だった大野は、実家を離れて京都の旅館に長期滞在し、過酷を極めるステージに身を投じました。
当時の公演スケジュールは凄まじく、1日5公演、週末には過密日程をこなす日々。客席が埋まらない時期もあり、精神的にも肉体的にも極限状態に追い込まれる中、大野は逃げ出すことなく黙々と技を磨き続けました。牛若丸役などを演じ、アクロバットや牛若丸の舞、ジャズダンス、タップダンスまで徹底的に身体に叩き込んだ経験が、後の大野智の圧倒的なダンスレベルの礎となったのです。
当時の特番インタビューや手記で語られた「京都時代は本当に辛かったけれど、あの2年間で自分のダンスの土台がすべて完成した」という生の告白が示す通り、京都での徹底した反復練習こそが、ブレない体幹と重力を感じさせない無重力ステップ、そして激しい動きの中でも一切ブレない驚異的な歌唱力の伝説を生み出す決定打となりました。