スポンジ・ボブの日本語吹き替えを語る上で、最大の転換点となったのが初代・鶴博幸さんから2代目・松野太紀さんへの主役交代です。初期のCS放送やパイロット版ビデオを観ていた視聴者が、その後に地上波放送を観て「声がまったく違う」と驚愕したケースは少なくありません。
この交代劇の背景について、ネット上では「声優同士のトラブル」「制作会社との確執」といった根拠のない憶測が飛び交った時期もありました。しかし、関係者の証言や当時の放送業界の動向を検証すると、「放送局の移行とターゲット層拡大に伴うキャスティングの刷新」が決定的な理由であることが判明しています。
日本における『スポンジ・ボブ』は、2000年にCSチャンネル「ニコロデオン」で日本初放送を迎えました。この初期シーズン(シーズン1〜3の初期)で主演を務めたのが鶴博幸さんです。鶴さんの演じるスポンジ・ボブは、原語版声優トム・ケニー氏の持つカートゥーン特有の乾いたハイトーンと狂気を忠実にトレースした、エッジの効いた芝居が特徴でした。
転機が訪れたのは2005年12月、NHK教育テレビ(現・Eテレ)での全国ネット放送決定です。ニコロデオン単独の有料放送から、日本全国の未就学児やファミリー層に向けた公共放送へとプラットフォームが大きくシフトするにあたり、音響制作会社およびキャスティングの見直しが断行されました。より親しみやすく、茶の間の子どもたちにストレートに届くファニーで愛嬌のある声質として白羽の矢が立ったのが、当時すでに実力派として名を馳せていた松野太紀さんでした。
松野さんは生前のインタビューにおいて、「最初は原語のテンポとテンションに合わせるプレッシャーがあったが、次第に自分なりのスポンジ・ボブの呼吸が掴めるようになった」と語っています。結果として、松野さんが吹き込んだ愛らしくもパワフルなハイトーンボイスは、日本におけるスポンジ・ボブのパブリックイメージとして完全に定着することとなりました。