松本人志と高須光聖の現在とは?伝説のラジオ「放送室」と幼馴染の絆の真相

松本人志と高須光聖の現在とは?伝説のラジオ「放送室」と幼馴染の絆の真相

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松本人志と高須光聖の出会いは、昭和40年代の兵庫県尼崎市にまで遡ります。2人は尼崎市立潮小学校の同級生として出会い、続く尼崎市立大成中学校でも青春時代を共有しました。松本、浜田雅功、そして高須の3人は、下町の路地裏や近所の公園を舞台に、独自の遊びや悪ふざけを繰り返しながら感性を研ぎ澄ませていきました。

当時のエピソードとして名高いのが、松本が高須の実家である乾物屋・果物屋に遊びに行き、店先で繰り広げた即興のコント遊びです。高須は自著やインタビューにおいて、当時の松本について「子どもの頃から発想の角度が普通と違っていた。あいつを笑わせることが自分にとっても最大のゲームだった」と回想しています。

龍谷大学経済学部へ進学した高須は、すでに吉本興業の若手芸人として頭角を現し始めていたダウンタウン(松本人志・浜田雅功)から「お前、作家になれ。東京へ行ったら絶対にお前の力が必要になる」と直接誘われ、放送作家の道を歩み始めました。こうして、天才肌のプレイヤーである松本と、その脳内を具現化する構成力を備えた高須による、比類なきタッグが誕生しました。

佐々木 一輝
著者

佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。