今日でこそ脚光を浴びる存在だが、その道のりは決して平坦ではなかった。かつてカンヌ国際映画祭の監督週間に突如として現れ、批評家たちの度肝を抜いた短編作品。あれこそがすべての始まりだった。名もなき青年時代、自主映画の現場で機材運びから編集までを一人でこなした叩き上げの経験が、現在の揺るぎない演出力とタフな現場掌握術を培ったのだ。
彼を知るインディペンデント映画時代の同僚は、「彼は一切の妥協を許さなかった。テイク数は通常の3倍、だが出来上がった映像を観た瞬間、全員が納得させられた」と回想する。冷徹なまでの美意識と、人間の生々しい感情を抉り出す執念は、この泥臭い下積み時代にこそ育まれた唯一無二の武器である。