どん底を経験した松本明子に差し伸べられた再起のチャンスは、歌ではなく「笑い」でした。フジテレビ系『ものまね王座決定戦』で披露した、顔を歪めて形態模写をやりきる捨て身のパフォーマンスが爆発的な笑いを生み、井森美幸や山瀬まみらとともに「元アイドルがバラエティで体当たりする=バラドル」という新ジャンルを確立します。
そして1992年、彼女の運命を決定づけた伝説の怪物番組『進め!電波少年』(日本テレビ系)がスタートします。松村邦洋とともにMCを務めたこの番組で、松本明子が残したエピソードは今なおバラエティ界の金字塔です。
中でも伝説となっているのが、PLO(パレスチナ解放機構)のヤーセル・アラファト議長にアポなしで突撃し、「てんとう虫のサンバを一緒に歌ってほしい」と直談判して本当にデュエットを成功させた事件です。警備兵が自動小銃を構える極度の緊張状態の中、笑顔で議長の手を握り歌い切った彼女の肝の据わり方は、ディレクターの無茶振りを遥かに超えた人間的魅力と覚悟の結晶でした。
ネット上でも「当時の電波少年の松本明子は命知らずすぎる」「今の地上波では1秒も放送できない過酷ロケを笑顔でこなしていた」と驚嘆の声が絶えません。アイドル時代のプライドを完全に捨て去り、どんな泥水をも啜る覚悟を決めた姿に、大衆は圧倒的な親しみと敬意を抱いたのです。