二人の出逢いは2001年の秋、パリのシャルル・ド・ゴール空港でした。辻仁成氏が後にエッセイなどで明かした「やっと逢えたね」という劇的な言葉は、瞬く間にメディアを席巻し、時代のロマンスとして語り継がれることになります。当時、トップアイドルから実力派女優へと脱皮を遂げていた中山美穂さんと、1997年に『海峡の光』で芥川賞を受賞しロックバンド・ECHOESのフロントマンとしても活躍していた辻氏の結びつきは、まさに文化と芸能の電撃的な融合でした。
2002年6月に婚姻届を提出した二人は、すぐさま生活拠点をフランス・パリへと移します。当時の日本芸能界において、トップ女優が絶頂期に活動をほぼ休止し、海外へ完全移住することは異例中の異例でした。中山さんは自著『なぜなら やさしいまちが あったから』(2009年)などで、東京の喧騒や過剰なパパラッチから離れ、名もなき一人の女性として石畳の街を歩く日々に深い安らぎを見出していた心境を吐露しています。
2004年1月には長男である十斗(じゅうと)さんが誕生。中山さんは異国の地で母となり、現地のマルシェで食材を買い、家族のために料理を作る丁寧な暮らしを営んでいました。日本での過密なスケジュールから解き放たれたこの時期は、彼女の人生において最も静謐で温かな時間に映っていました。