日本国内の閉じた常識を一歩離れると、世界各地にはそれぞれ異なる「絶世の美女」の体系が存在しています。欧米圏と中華圏における実際の基準を整理すると、文化圏ごとの美意識の差異が明白になります。
欧米圏のスタンダード:トロイのヘレネとネフェルティティ
西洋古典学およびヨーロッパの文化的共通認識において、美の代名詞として真っ先に名が挙がるのはトロイのヘレネ(Helen of Troy)です。ギリシャ神話およびホメロスの叙事詩『イリアス』に登場するスパルタ王妃ヘレネは、「1000隻の軍艦を出撃させた美貌(The face that launched a thousand ships)」と称され、一国の存亡を賭けたトロイア戦争の直接の引き金となった究極の美のアイコンとみなされています。
実在の歴史人物に限定する場合、クレオパトラと並んで欧米で圧倒的な知名度を誇るのが、古代エジプト第18王朝の王妃ネフェルティティ(Nefertiti)です。紀元前14世紀にファラオ・アクエンアテン(アメンホテプ4世)の正妃として君臨した彼女の名は、古代エジプト語で「美しい者が訪れた」を意味します。1912年にドイツの考古学チームによってアマルナの遺跡から発掘された石灰岩の胸像(ベルリン新博物館所蔵)は、完璧な左右対称のプロポーションと崇高な気品を誇り、20世紀以降の西洋世界における「理想の女性美」の金字塔として君臨し続けています。
中国の絶対的基準:「古代四大美女」における楊貴妃の位置づけ
一方、お膝元である中国において、楊貴妃は「三大美女」ではなく「古代四大美女」の枠組みで語られます。中国で何世紀にもわたり人口に膾炙してきた4人のヒロインは以下の通りです。
春秋時代の「沈魚(魚もその美しさに恥じ入って水底へ沈んだ)」と謳われる西施、前漢時代の「落雁(空を飛ぶ雁が羽ばたきを忘れて落ちた)」と称される王昭君、後漢末期・三国志の幕開けを彩る「閉月(月も恥じらって雲に隠れた)」の貂蝉、そして唐代の「羞花(花も恥じらって萎れた)」と讃えられる楊貴妃です。中国において楊貴妃は最高峰のひとりではあるものの、歴史を彩る4大巨頭の1ピースという位置づけであり、日本のように小野小町とセットで語られることは一切ありません。