台所で甘麹作りに挑んだ人の多くが直面する二大トラブルが、「味が薄くて甘みが出ない現象」と「異様な酸味を帯びてしまう失敗」です。材料に問題がないにもかかわらずこうした事態が起きる背景には、麹菌が分泌する糖化酵素「アミラーゼ」と、環境中に存在する乳酸菌の活動温度帯の衝突が存在します。
まず、甘麹が甘くならない理由の9割以上は、仕込み初期または途中で品温が60度を超えてしまったことに起因します。米のデンプンをブドウ糖へと分解する糖化酵素は、55度から60度の間で最も活発に働きます。しかし、65度を超えると酵素タンパク質が熱変性を起こして破壊され、二度と糖化を行えなくなります。「少し温かいほうが早く発酵するだろう」と保温設定を強めたり、熱湯を直接注いだりする行為が、甘くならない決定打となっているのです。
一方で、甘麹の失敗で酸っぱい原因となるのは、温度管理が低すぎたケースです。創業300年を超える老舗「糀屋 雨風」の技術資料でも明かされている通り、発酵温度が40度台まで下がってしまうと糖化のスピードが劇的に鈍化します。さらに悪いことに、40度前後は空気中や器具に微量に残存する乳酸菌にとって最も繁殖しやすい温度域にあたります。糖化が進まない隙に乳酸菌が急増して乳酸を作り出すため、甘味ではなくツンとした強い酸味が全体を支配してしまう結果となります。
つまり、甘麹の温度管理における60度の真相とは、酵素失活という上限ライン(60度超)と、雑菌・乳酸菌の繁殖という下限ライン(50度未満)の間に存在する「極めて狭い安全運航ルート」を維持することに他なりません。