言葉の持つシャープな意味合いゆえに、実際の文脈では主客の関係や発言者の立ち位置に細心の注意を払わなければなりません。特にビジネスの現場や公の場において、この成句は「自己の極限状況の吐露」や「第三者の客観的観察」に限定して使用するのが鉄則です。
典型的な実践例文として、以下のような文脈が挙げられます。
【自己の窮地を告白する場面】
「メインバンクからの融資を断られ、資金繰りがショートしかけた弊社は、まさに藁をも掴む思いで無名のベンチャーキャピタルへ飛び込みました。」
【第三者の客観的な焦燥を分析する場面】
「納期まで残り24時間を切り、普段なら検証もせずに棄却するような怪しい非公式スクリプトにまで手を出している。彼は今、完全に溺れる者は藁をも掴む状態に陥っている。」
【医療・健康分野での当事者描写】
「長引く原因不明の痛みに苦しんでいた時期は、科学的根拠が乏しいと頭では理解しつつも、高額な民間療法に手を出しそうになった。まさに溺れる者は藁をも掴む心境だったと振り返る。」
上記のように、発話者が「自分の切羽詰まった状況」を自嘲気味に語るか、あるいは冷静な第三者が「相手の冷静さを欠いた行動」を分析する際に用いることで、文章の説得力と解像度が格段に引き上がります。