日本を含むメートル法採用国で暮らす私たちにとって、「3.05m」という数値はキリが悪く、作為的なものを感じさせます。しかし、この数字の背景には近代スポーツ史における決定的な偶然が存在します。
バスケットボールは1891年12月、アメリカ・マサチューセッツ州スプリングフィールドの国際YMCAトレーニングスクール(現スプリングフィールド大学)で誕生しました。考案者は体育教官を務めていたジェームズ・ネイスミス博士です。厳しい冬の寒さの中、室内で安全かつ情熱的に行える新しい集団球技の開発を求められた博士は、サッカーボールを使った新しいゲームのルールを考案しました。
目標となるゴールを取り付ける際、博士は校内の用務員に「何か手頃な箱はないか」と依頼しました。用務員が持ってきたのが、果樹園で桃の収穫に使われていた底のある木製の籠(ピーチバスケット)でした。これを体育館の両端に設置しようとした際、固定場所として選ばれたのが、体育館の壁面に沿って巡らされていた2階のランニングバルコニー(見学用通路の手すり)だったのです。
そのバルコニーの手すりの床からの高さが、計測したところ偶然にも「ちょうど10フィート(約304.8cm)」でした。ヤード・ポンド法が主流のアメリカにおいて、10フィートは極めて区切りの良い数値です。これを国際規格(メートル法)へ換算した結果、四捨五入されて「3.05m」という世界共通の公式ルールとして定着しました。もし当時の体育館のバルコニーが9フィートや11フィートの高さに作られていたなら、現代のダンクシュートや戦術の歴史はまったく別のものになっていたはずです。