上弦の月名前の由来を調べると、多くの辞書やウェブサイトに「弓を引いたときの弦(直線部分)に似ているから」という記述が登場します。円弧の曲線を「弧(こ)」、直線の境界線を「弦(げん)」と呼ぶ幾何学の定義そのものです。しかし、ここから一歩踏み込んだ説明において、長年ネット上で議論が紛糾している盲点が存在します。
それが、「西の地平線に沈むとき、弦が上を向くから上弦、下を向くから下弦である」という説の真偽です。確かに、天文学上の幾何配置を再現すると、上弦の月が西に沈む際、光っている円弧側が太陽のある地平線下を向き、直線の弦は天頂(上側)を向いて沈んでいきます。一方の下弦の月は、昼頃に西へ沈む際、太陽が天頂近くにあるため円弧が上を向き、弦が地平線(下側)を向いて沈みます。
しかし、国立天文台の暦計算室の解説や歴史学の文献を精査すると、この「沈む向き」説には大きな疑問符がつきます。なぜ「東から昇るとき」や「空高く南中したとき」ではなく、わざわざ「沈む瞬間」だけを基準にして命名したのか、合理的な根拠が乏しいためです。
歴史的な事実としてより説得力を持つのは、かつて日本で使われていた太陰太陽暦(旧暦)の暦法に由来する説です。旧暦では、月が見えなくなる新月の日を「月の第1日(朔日・ついたち)」と定めていました。1ヶ月はおよそ30日ですから、月は上旬・中旬・下旬という3つの期間に分かれます。
- 上旬(7〜8日頃)に現れる半月:「上(かみ)の弦」=上弦の月
- 下旬(22〜23日頃)に現れる半月:「下(しも)の弦」=下弦の月
月の前半と後半を指すカレンダーの区切りこそが本質であり、「沈むときの傾き」は後から付けられた観察上の補足説明に過ぎません。この歴史的背景を知ると、「名前の意味を理解しようとして、沈む角度の図を頭の中で回転させて余計に混乱する」という学習上の最大の罠を回避できます。