監督の細田守が本作で描いた最大の対比軸こそが、主人公の九太(蓮)と一郎彦の関係性です。二人は共に「人間界からバケモノの街へ迷い込んだ(あるいは連れてこられた)人間」という全く同じ境遇を持ちながら、対極の道を歩みます。九太は熊徹という不器用な師匠とぶつかり合い、自分の愚かさや弱さを受け入れることで心の闇を克服しました。対照的に、一郎彦は完璧な父・猪王山を盲信するあまり、自身の正体から目を背け続けたのです。
この2人の対比に込められたのは、「自分を受け入れる強さを持てるか」という痛切なメッセージです。自分を偽り続けた一郎彦が虚構の強さに依存したのに対し、自分の不完全さを認められた九太は己の心を納める鞘(さや)を見つけ出しました。歪んだ鏡のように描かれた二人の葛藤は、混迷する現代社会を生きる若者の姿そのものでもあります。