『紅の豚』を鑑賞するうえで最大の謎といえるのが、「ポルコ・ロッソはなぜ豚の姿をしているのか」という点です。ファンタジー作品によくある魔女の呪いなどではなく、宮崎駿監督の解説や劇中の描写を読み解くと、その本質は「彼自身が自分にかけた精神的な呪縛」であることが分かります。
ポルコの本名はマルコ・パゴット。かつては第一次世界大戦でイタリア空軍のエースパイロットとして活躍し、数々の武勲を立てた英雄でした。しかし、激しい空中戦の中で親友ベルリーニをはじめとする多くの戦友が命を落とし、自分だけが生き残ってしまいます。天国へと続く雲の平原を死んだ仲間たちの飛行機が昇っていく幻想を見たマルコは、「自分だけが生き延びてしまった」という強烈なサバイバーズ・ギルト(生き残った者の罪悪感)に苛まれることになりました。
戦後、祖国イタリアはファシズムの暗雲に包まれます。国家や戦争、そして醜い争いを止められない人間社会そのものに絶望したマルコは、軍を離脱。「国家に縛られて人を殺す人間でいるくらいなら、豚になって自由気ままに生きる」という強烈な自己否定と決別を選び、自らの意志で豚の姿へと容貌を変えたのです。