秀雄の才能は、コンクリートと緑の都市空間だけに留まらなかった。阪急グループの創業者として知られる小林一三との深い交流を通じ、彼は演劇や映画といった文化・エンターテインメント分野へも本格的に参入していく。宝塚劇場をはじめとする興行網の整備から、東宝株式会社の設立と運営に関わった経緯は、日本の映画産業を近代的なビジネスモデルへと押し上げる原動力となった。表現者としての感性と、冷徹なビジネス感覚を兼ね備えた経営者は、当時の日本で極めて稀有な存在だった。
渋沢栄一の息子・渋沢秀雄の偉業|田園調布と東宝に掛けた生涯
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