昭和の街頭政治を語る上で欠かせない存在が、大日本愛国党を率いた赤尾敏だ。銀座の数寄屋橋交差点で数十年間にわたって辻説法を続け、和服姿に日の丸を掲げて過激な主張を叫び続けたスタイルは、当時の名物風景でもあった。
赤尾の泥臭く直接的な演説は、現代のデジタル空間におけるライブ配信の先駆けとも解釈できる。プラットフォームこそ街頭からYouTubeや各種配信サービスへと移ったものの、アテンション(関心)を集めるための過激な言動と即興性は、現代の動画配信者たちに無意識のうちに継承されている。
かつての街頭スピーカーがスマホのスピーカーへと置き換わり、アルゴリズムという見えない増幅器を得たことで、その拡散力は昭和の時代を遥かに凌駕している。