幼少期から言葉と思想が激しく交錯する家庭環境に育ちながら、彼が自己表現の場として選んだのは言葉による主張ではなく、造形芸術の深淵だった。多摩美術大学で絵画の基礎と応用を徹底的に学んだ時期、彼は古典的な具象表現から一歩を踏み出し、独自の抽象絵画の領域へと没入していく。キャンバスの上に塗っては削り、色を重ね合わせる作業は、自己の内面と対話する精神的な修行そのものだった。
大学卒業後、彼の探求心は平面表現だけにとどまらなかった。演劇の空間を彩る舞台美術を手掛けることで、時間と人間が交錯する三次元空間における視覚的効果を感覚として身体に染み込ませていった。光の当たり方一つで変化する舞台上の情景づくりは、後に彼が描くキャンバスの深度や空間の広がりにも多大な影響を与えることになる。