戦国後期の歴史を理解する上で欠かせないのが、「永禄」「元亀」「天正」という3つの元号の連続性です。この3つの時代を通じて、日本の中世社会は近世社会へと劇的なパラダイムシフトを遂げました。
「永禄(1558〜1570)」は、将軍・足利義輝の暗殺に代表されるように、室町幕府の権威が失墜し、下剋上が極限に達した時代でした。群雄割拠の中で信長が頭角を現し、義昭を奉じて上洛を果たした過渡期にあたります。
続く「元亀(1570〜1573)」は、旧来の中世的権威(室町将軍、延暦寺、有力守護大名)が信長という新興勢力を排除しようと総力を挙げて激突した「新旧秩序の最終決戦場」でした。
そして「天正(1573〜1592)」へと移ると、信長は浅井・朝倉氏を滅ぼし、長篠の戦いで武田勝頼を破り、安土城を築いて天下統一事業を一気に加速させていきます。つまり元亀年間とは、中世の解体と近世の幕開けを分かつ、もっとも濃密な「産みの苦しみ」の時期だったと言えます。