事件の背後には、今日でも一部の研究者や愛好家の間で語り継がれる「暗殺黒幕説」や数々の異説が存在します。
その代表例が、随行員として現場で負傷した室田義文が後年に残した証言です。室田は「安重根が所持していたのはFN ブローニングM1900(拳銃)だったが、伊藤の体内から摘出された銃弾はフランス騎兵用の銃弾であり、弾道は上から下に向かっていた」と回想し、駅舎の2階あるいは屋根の上から別の狙撃手が撃ったのではないかという疑問を提示しました。
さらに、ロシア側の警備体制があまりにも手薄であったことから「ロシア当局や軍部が裏で関与していたのではないか」という謀略説が浮上したこともあります。
しかし、近年の歴史研究や科学的検証においては、以下の理由からこれらの黒幕説は否定的に捉えられています。
- 安重根が使用した拳銃(7.65mm弾)の弾頭は、破壊力を増すために十字の切れ込みを入れた「ダムダム弾」仕様に加工されており、傷口が特殊な形状を呈していたこと。
- 現場で押収された銃弾や薬莢の数、被弾した随行員たちの証言が安重根の射撃位置と完全に一致していること。
- 当時のロシア側記録からも、厳重な警備計画書が存在していたものの、駅構内の混乱と要人警備の不手際が重なった事故であったことが判明していること。
したがって、現在では「安重根ら反日義兵勢力による単独・周到な計画犯行」であったとするのが歴史学上の確立された見解となっています。