原則として天皇や神職であっても直接拝観することは固く禁じられている草薙の剣ですが、歴史上、禁忌を破ってその姿を目撃してしまった人物たちの記録が残されています。最も生々しく詳細なのが、江戸時代中期の神道書『玉籤集(ぎょくせんしゅう)』や熱田神宮の諸記録に記された「草薙の剣を見た人の記録」です。
貞享3年(1686年)、熱田神宮の本殿建替えおよび神剣の収められた社殿の修理が行われた際、大宮司をはじめとする神官数名が、好奇心に抗えず固く封じられた神輿(御船代)の扉を開け、御神体を盗み見ました。手記にはその異様な形状と雰囲気が詳細に記録されています。
「長さは二尺七・八寸(約85cm)ほど。刃先は菖蒲(しょうぶ)の葉のように尖り、中ほどは厚く盛り上がり、柄の方にかけては魚の背骨のような形状をしていた。色は全体に白銅色で、錆び付いている様子はなく、ただならぬ冷気と神聖な光を放っていた」
記録はこれにとどまりません。御神体を覗き見た神官たちはその後、激しい祟りに見舞われたと伝えられています。主導した大宮司は不可解な重病にかかって間もなく急死し、その場に同席していた他の神官たちも次々と怪死や奇病に倒れ、生き残った一人の神職が恐怖のあまり事の顛末を手記として書き残したとされています。この記録の真偽については諸説あるものの、当時の神官たちが神剣に対して抱いていた底知れぬ畏怖と、実在する刀剣としての具体的な特徴を今に伝える貴重な歴史資料となっています。