森本氏のキャリアを語る上で欠かせないのが、1984年のNHK退職劇です。当時、森本氏は『ニュースセンター9時』のメインキャスターや国会中継などを担当し、NHKの看板アナウンサーとしての地位を確固たるものにしていました。順風満帆に見えたエリートコースをなぜ自ら手放したのか、その理由には森本氏ならではの哲学があります。
当時の報道や本人の回想によると、NHKという巨大な公共放送の枠組みの中では、行政や政治権力に対してどこまで踏み込んだ意見を言えるかに構造的な制約がありました。組織の管理職としての出世コースよりも、「一人の喋り手として、より自由で生々しい言葉で視聴者に真実を伝えたい」という表現者としての欲求が勝ったことが最大の退職理由とされています。
独立後はTBSと専属契約を結び、『森本ワイド モーニングEye』など民放の朝の激戦区に参入。NHK仕込みの正確無比なアナウンス技術と、民放ならではの柔軟な人間味を融合させ、独自のポジションを確立しました。
また、プライベートではNHK時代の同僚であった妻との強固な絆が知られています。一般人であるためメディアの表舞台に出ることはありませんが、大腸がん闘病や日々の早朝勤務を陰で支え続けてきたのは妻の献身的な食事管理と生活サポートであったと伝えられています。森本氏の強靭なプロ意識の裏には、家庭内の温かな支えが常に存在しています。