フロイト心理学批判の理由として、学術界で最も決定打となったのが科学哲学者カール・ポパーによる指摘です。ポパーは、いかなる結果が出ても「それは無意識の抑圧のせいだ」「防衛機制の反動形成だ」と後付けで説明できてしまう精神分析の論理構造を突き、「反証可能性(実験や観察によって誤りであることを証明できる余地)を持たないため、科学ではなく疑似科学である」と断じました。
さらに臨床現場では、精神分析療法が週に複数回、数年間に及ぶ長期間を要し費用負担が膨大であるのに対し、短期間で具体的な行動変容と改善実績を数値で示す「認知行動療法(CBT)」が台頭。エビデンスベースド(根拠に基づく医療)を重視する現代の精神医療において、正統派フロイト精神分析は一時大きく退潮しました。
しかし、フロイト心理学の現代の評価は単なる否定では終わりませんでした。潮目を変えたのが、脳神経科学と精神分析の融合を試みる「神経精神分析(ニューロサイコアナリシス)」の興隆です。神経学者マーク・ソームズらの研究によって、以下のような事実が明らかになってきました。
- 脳の意思決定の大部分は意識が介入する前の「無意識」の神経ネットワークで自動処理されている。
- 大脳辺縁系を中心とする情動駆動システムは、フロイトが描写した「エス」の生々しい本能的衝動と驚くほど一致する。
- 前頭前野の抑制機能は、衝動を抑え込む「自我」や「超自我」の働きと極めて高い相同性を示している。
フロイトが観察臨床の手記や患者の言葉から直観的に導き出した「心の力学モデル」は、21世紀の最新fMRI(機能的磁気共鳴画像法)によって、神経回路の機能としてその妥当性が再検証されています。