この事件の最大の争点は、捜査段階で作られた自白調書と、科学的実証データとの不一致にある。検察側は奥西が所有していた有機リン系農薬「ニッカリンT」を犯行に使用したと主張した。だが、被害者の症状やワインの残渣から検出された毒物反応は、ニッカリンTの主成分とは異なる製造段階の不純物や別種の農薬の可能性を示唆していた。
連日の密室取調べによって絞り出された「自白」は、自らの手で毒を仕込んだとする詳細な手順を語っていた。しかし、瓶の封印を解く道具や毒物の溶解性に関する近年の知見は、その手順が物理的に不可能であったことを明確に提示している。科学が未発達だった時代に「自白の王」とされた調書が、現代の法医学によって一つひとつ解体されていくプロセスは劇的でもある。