宍戸開を語る上で避けて通れないのが、実父である昭和の大スター・宍戸錠との複雑な親子関係です。公には長らく「豪快なスター親子」として認知されていましたが、2010年代以降、両者の間に決定的な亀裂が生じていた事実が次々と浮き彫りになりました。
関係者筋の証言や当時の報道資料によると、二人の距離が決定的に開いた契機は、2010年の母・游子さんの他界と、その前後に起きた家族間の価値観の衝突でした。母の介護や看取りを巡る意識の食い違い、さらには2013年に世田谷区にあった宍戸錠の豪邸が全焼した火災事故を境に、関係の断絶は決定的なものとなります。火災後に実家が解体・売却される過程でも父子の接触はほとんどなく、約10年間にわたって没交渉の「絶縁状態」が続いていました。
確執の核心にあったのは、私生活の細部に至るまで「エースのジョー」という虚構のペルソナを崩さなかった父の過剰なスター意識と、父親として向き合ってほしいと願った息子のすれ違いでした。父の威光があまりに強烈だったからこそ、宍戸開は自らの足で立つために、物理的にも精神的にも距離を置く選択をせざるを得なかったと分析されています。
2026年1月、宍戸錠が86歳で自宅で急逝した際、開は駆けつけた現場で変わり果てた父と無言の対面を果たしました。密葬の場で流した涙と、その後に発表された「俳優としての父を心から尊敬する」という抑えた言葉には、確執を超越した血のつながりと、ひとりの役者としての深い敬意が凝縮されていました。