藤岡弘、80歳の現在地!子供4人の飛躍と壮絶人生・家族の真実

藤岡弘、80歳の現在地!子供4人の飛躍と壮絶人生・家族の真実

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現在の円満で華やかな家族像だけを見ていると順風満帆な人生に思えますが、藤岡弘、の若い頃から中年に至る歩みは、幾度となく死線を彷徨った壮絶な修羅場の連続でした。

愛媛県久万高原町に生まれ、幼少期から武道家の父より古流柔術の手ほどきを受けた彼は、1965年に松竹映画で銀幕デビュー。そして1971年、運命の作品『仮面ライダー』の主演に抜擢されます。しかし、放送直前の第9話・第10話のバイクスタント撮影中、時速80キロ超で電柱に激突する大事故に見舞われました。

左大腿骨の複雑粉砕骨折。骨が皮膚を突き破り、医師からは「切断の可能性が高い、二度と歩けない」と宣告される絶望的な重傷でした。しかし彼は驚異的な精神力で過酷なリハビリを耐え抜き、奇跡の復帰を遂げます。この不在期間を埋めるために生まれたのが「仮面ライダー2号(一文字隼人)」であり、シリーズの代名詞となった「変身ポーズ」という大発明でした。

その後も『日本沈没』(1973年)、NHK大河ドラマ『勝海舟』、『特捜最前線』など昭和の超大作で主演を張り、ハリウッド映画『SFソードキル』で日本人初となる米映画俳優組合(SAG)のメンバーに登録されるなど国際的快挙を成し遂げます。

しかし1980年代後半から1990年代にかけて、彼は人生最大の暗黒期に直面します。信頼していた側近や知人による裏切りで数億円規模の投資詐欺被害に遭い、巨額の連帯保証債務を背負わされたのです。

自宅を失い、利息の返済だけに追われる極限状態の中、彼を救ったのは「決して逃げない、人を恨まない」という武士の誇りでした。過酷なバラエティや海外の秘境ロケ、伝説となったセガサターンのCMキャラクター『せがた三四郎』(1997年〜)、そして過酷を極めた『藤岡弘、探検隊』シリーズ(2000年代〜)の体当たりロケなど、あらゆる依頼に全力で挑み、10数年をかけて数億円の負債を完済してみせたのです。

森 瞳
著者

森 瞳

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