リリー・フランキーの出身地と生い立ち|小倉から武蔵美へ至る漂泊の真相

リリー・フランキーの出身地と生い立ち|小倉から武蔵美へ至る漂泊の真相

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一般的な少年時代を過ごしたリリー・フランキーの人生が大きく舵を切ったのは、中学校を卒業する15歳の春でした。絵を描くことが唯一の特技であり逃げ場だった彼は、地元を離れ、隣県の大分県大分市にある大分県立芸術緑丘高校(当時の校名は大分県立芸術短期大学附属緑丘高等学校)の美術科へと進学します。

母の手一つで育てられていた中学生が、わずか15歳で親元を離れ、他県の下宿屋に身を置くという決断は、昭和の地方都市において極めて異例の選択でした。自伝的随筆の中でも回想されているように、別府湾からの風が吹き抜ける大分の下宿部屋で、共同炊事の匂いや他の下宿生たちの生活音に囲まれながら過ごした3年間は、少年に「孤独との付き合い方」を徹底的に教え込みました。

大分県立芸術緑丘高校は、九州全域から早熟な芸術肌の少年少女が集まる場所であり、デッサンや色彩構成の基礎に明け暮れる日々の中で、彼の造形感覚と客観的な自己認識は研ぎ澄まされていきました。母親と物理的に距離を置いたことで、母への感謝と同時に、ある種の罪悪感を抱き始めたのもこの時期でした。自立への第一歩でありながら、母子密着の日常から抜け出したこの3年間が、のちに上京して武蔵野美術大学を目指す強い意志へとつながっていきます。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。