誰もが羨むパートナーシップに見えた二人が、なぜ最終的に破綻へ向かったのか。そこには単なる「多忙によるすれ違い」では片付けられない、深刻な価値観の溝と外部環境の激変が存在していました。
第1の要因は、結婚制度に対する絶望的なまでの価値観の乖離です。当時20代後半に差し掛かり、家庭を持つことへの自然な憧れを抱いていた長澤まさみに対し、伊勢谷友介はかねてより公のインタビューや対談で独自の結婚観を明言していました。「婚姻届という紙切れ一枚で人を縛る制度に合理性を感じない」「自分自身の時間や表現活動を犠牲にしてまで家庭に縛られる必要性を感じない」という伊勢谷のドライな人生哲学は、将来を見据えていた長澤の心に徐々に深い孤独感を生じさせることになります。
第2の決定打となったのが、私生活を巡る週刊誌報道と周囲の激しい拒絶反応でした。交際報道から間もない2013年春、『週刊文春』が伊勢谷の過去の交際女性に対する暴力行為(DV疑惑)やエアガン発射トラブルを大々的に報道。この事態を重く見たのが、長澤が所属する大手芸能事務所・東宝芸能の幹部、そして元サッカー日本代表選手でありジュビロ磐田の初代監督も務めた長澤の実父・長澤和明氏でした。
事務所側は看板女優である長澤のブランドイメージと身の安全を最優先に考え、伊勢谷との関係見直しを強く要求。長澤自身も当初は伊勢谷を信じ庇おうとしたものの、度重なる衝突や感情の起伏に直面する中で精神的に疲弊していきました。最終的に2014年秋から年末にかけて話し合いが持たれ、2015年初頭までに完全な破局を迎えるに至ったのが真相です。