『鷺娘』を深く味わうためには、長唄の歌詞に秘められた哀切な物語と精神構造を理解することが欠かせません。この作品は、単なる美しい娘の踊りではなく、人間ならざる白鷺が人間の男に恋をしてしまった悲劇を描いています。
物語は、一面の銀世界が広がる水辺の柳の木陰から始まります。白無垢に身を包んだ白鷺の精が、恋の歓びと切なさを可憐に舞う第一段。やがて長唄の詞章が「傘をさすなら…」と艶やかな調子に変わると、町娘の姿となって若い女性の純真な恋心や嫉妬、恥じらいを生き生きと表現します。
しかし、中盤を過ぎると空気は一変します。「妄執の雲晴れゆくか」という歌詞とともに、叶わぬ人間の男への想いが執着(妄執)へと転化。仏教的な因果応報の教えに基づき、鳥類を殺めた罪や恋の狂気によって、鷺娘は「鳥獣の地獄」へと突き落とされます。
降りしきる猛吹雪の中、激痛に耐えかねて羽をもがき、血を流すかのように激しく身悶えしながら息絶えていくクライマックス。玉三郎は、ただ美しいだけで終わらせず、生きとし生けるものが抱える根源的な「業(ごう)」と「痛み」を生々しく描き出しました。