黒柳徹子氏がユニセフ親善大使に任命されたのは、1984年2月のことでした。当時、ユニセフの親善大使といえば映画俳優のダニー・ケイ氏など欧米の著名人が中心であり、アジア出身者が抜擢されたのは歴史上初めての快挙でした。
国際機関のトップが彼女に白羽の矢を立てた最大の要因は、1981年に出版された自伝的著書『窓ぎわのトットちゃん』の世界的な反響にあります。同書は日本国内で空前のベストセラーとなっただけでなく、30カ国以上で翻訳・出版され、世界中の教育関係者や文化人に深い感銘を与えました。当時のユニセフ事務局長であったジェームズ・グラント氏は、困難を抱える子どもへ注がれる黒柳氏の温かな眼差しと、国境を超える圧倒的な知名度に着目。「彼女の言葉ならば、世界中の人々の心を動かし、子どもたちの命を救う力になる」と確信し、直接オファーを送ったと公式記録に記されています。
就任当時の記者会見で、黒柳氏は「テレビの仕事を通じて子どもたちからたくさんのものをもらいました。今度は私が、世界で最も厳しい環境に置かれた子どもたちへ恩返しをする番です」と語り、名誉職にとどまらない過酷な現場視察への参加を自ら誓いました。