創氏改名の真相|強制性の有無と「氏と姓」の違いを徹底検証

創氏改名の真相|強制性の有無と「氏と姓」の違いを徹底検証

今注目を集めている 創氏改名の真相|強制性の有無と「氏と姓」の違いを徹底検証について、主要な情報をご紹介しています。

「創氏改名は強要だったのか、自発的だったのか」という問いに対し、当時の一次資料が示す答えは「法制上は任意を装いながら、行政現場では逃れがたい強烈な同調圧力が敷かれていた」という複層的な構造です。

施行直後の1940年3月から4月にかけて、設定創氏の届出率は全国平均でわずか数パーセントから7%程度にとどまっていました。自らの祖先から受け継いだ姓を神聖視する朝鮮社会において、日本風の氏を名乗ることに強烈な抵抗感があったのは当然の帰結でした。

これに危機感を強めた朝鮮総督府は、各道の知事、郡守、面長(村長)、さらには警察署長や学校の教員に至るまで総動員をかけました。南次郎総督自身は訓話で「強制はしない」と公言していましたが、地方官僚の勤務評定には管内の創氏届出率が直結していたため、現場では事実上の強要工作が展開されたのです。

具体的には、以下のような行政的・社会的包囲網が敷かれました。

  • 行政窓口での嫌がらせ:未届の者には証明書の発行を遅延させる、公務員採用から排除する。
  • 物資配給の差別:戦時統制下で命綱となっていた食糧や生活必需品の切符配給で不利に扱われる。
  • 教育現場での圧力:創氏していない家庭の子どもに対し、教師が学校で嘲笑したり、上級学校への進学許可を出さない。

慶尚北道の両班(ヤンバン)家系に生まれ、戦後日本で朝鮮文学研究者となった尹学準氏は、著書『オンドル夜話―現代両班考』の中で、当時の村の長老や父親たちが先祖の霊前に額づき、涙を流しながら日本風の氏を選ばざるを得なかった断腸の思いを回想しています。「生きるため」「子どもたちを守るため」に選ばざるを得なかった80%という数字の裏には、個人の自由意志とはかけ離れた統治権力の実力行使が存在していました。

佐々木 一輝
著者

佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。