いにしえの奈良の都の八重桜はなぜ絶賛?道長唸る即興の真相

いにしえの奈良の都の八重桜はなぜ絶賛?道長唸る即興の真相

いにしえの奈良の都の八重桜はなぜ絶賛?道長唸る即興の真相に関する知りたいポイントをわかりやすくまとめました。詳細を読もうことができます。

Q1:作者の「伊勢大輔」とはどのような人物ですか?男性ですか、女性ですか?
A1:伊勢大輔(いせのたいふ / たけ)は、平安時代中期の女性歌人です。「大輔」という官職名のような呼び名ですが、これは父親の大中臣輔親の官名に由来する女房名です。一条天皇の中宮・彰子に仕え、紫式部や和泉式部と同僚でした。和歌の才能に秀で、のちに平安時代の「上東門院小一条受領四条宮加賀左衛門」(彰子後宮の女房群)を代表する歌人として『後拾遺和歌集』などに数多くの歌を残しています。

Q2:なぜ「八重」に対して「九重」という言葉が使われているのですか?
A2:「九重(ここのえ)」は、古代中国の王宮が九重の門で厳重に囲まれていた故事から転じて、「宮中・内裏」を意味する慣用表現です。伊勢大輔は、奈良から届いた桜が「八重桜」であったことに着目し、数字の「八」に続く「九」の付く言葉として「九重」を配置しました。花びらの八重と宮中の九重を掛け合わせ、数字を一段ステップアップさせることで、平安京の内裏の繁栄を讃える高度な修辞技法です。

Q3:この歌が詠まれた際、藤原道長はどのような反応を示したのですか?
A3:後世の説話集『古今著聞集』によると、道長をはじめとするその場の公卿たちは、伊勢大輔のあまりの見事な即興ぶりに感嘆し、「返す言葉もない」と大絶賛したと伝えられています。本来、無茶振りをされた新人が窮地に陥るはずの場面で、完璧な教養と機転で返された道長は、彼女の才能を高く評価し、以後宮中における伊勢大輔の地位は確固たるものとなりました。

山下 哲也
著者

山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。