多くの受験生にとって憧れの的である「京都大学卒」という強烈な学歴ブランド。なぜ彼は、その輝かしい学位を目前にしながら京都大学中退という決断を下したのでしょうか。
過去の特番インタビューや自著、YouTube動画の告白を検証すると、単に「学業についていけなくなった」という単純なドロップアウトではない実情が浮かび上がります。大学在学中、彼は予備校「武田塾」の創業者・林尚弘氏らとの出会いをきっかけに、教育ビジネスの現場に深く関わるようになりました。持ち前の分析力と弁舌を生かしてYouTubeチャンネルの立ち上げや校舎運営に参画する中、ビジネスのスケールスピードが大学生活のキャパシティを完全に凌駕してしまったのです。
「講義に出席してレポートを書く時間があるなら、1本でも多く動画を企画し、受験生を動かす現場に立ちたい」。当時の本人の述懐からは、アカデミズムの世界に留まることへの違和感と、急速に拡大するネットメディア事業への強い野心が読み取れます。最終的には在学年限や単位修得の壁に直面したものの、休学を経て自らの意思で退学届を提出。京大ブランドを「卒業」ではなく「合格実績と中退のストーリー」として活用する道を選んだのです。