多発性骨髄腫と闘う芸能人の現在|宮川花子らが示す希望と克服のリアル

多発性骨髄腫と闘う芸能人の現在|宮川花子らが示す希望と克服のリアル

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芸能界における多発性骨髄腫の闘病において、最も人々に衝撃と感動を与えたのが宮川花子さんの事例です。自著や特番インタビューで赤裸々に語られた「宮川大助花子 闘病記」には、医療従事者ですら息を呑む過酷な初期症状のリアルが記録されています。

花子さんが最初に身体の異変を感じたのは、2018年3月頃でした。「背中と腰に刺すような激痛」が走り、歩行困難に陥ったものの、当初は重度の腰痛症や疲労によるものと疑われ、整形外科や整骨院を転々とする日々が続いたといいます。しかし、骨髄内で異常増殖した形質細胞が骨を破壊し、胸椎の圧迫骨折と腫瘍による脊髄圧迫を引き起こしていました。救急搬送された時点で下半身は完全に麻痺し、自力で立つことすら不可能な状態に陥っていたのです。

当時の様子について、花子さんは手記の中で「自分の足の感覚が消え去り、二度と立ち上がれないかもしれないという恐怖の中で、毎晩涙が止まらなかった」と吐露しています。病状は極めて進行しており、主治医からは厳しい余命宣告が下されました。しかし、そこからの夫妻の歩みは、まさに人間の底力を証明するものでした。

多発性骨髄腫に対する分子標的薬やプロテアソーム阻害薬を組み合わせた最新の抗がん剤治療が功を奏し、がん細胞が劇的に減少。同時に、感覚を失った足に刺激を与え続ける地道なリハビリを何百日も重ねました。車椅子から立ち上がり、手すりを掴んで一歩を踏み出す。その壮絶なプロセスを支えたのは、夫・大助さんの「もう一度花子と舞台で漫才がしたい」という一念でした。公表から数年を経て、車椅子を使わずに自立歩行でステージへ現れた花子さんの姿は、血液がん治療における「不屈のシンボル」として今なお語り継がれています。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。