2009年2月、イタリア・ローマで開催されたG7(7ヵ国財務相・中央銀行総裁会議)。ここで歴史的な事件が起きる。会見場に現れた中川昭一は、ろれつが回らず、意識が朦朧とした状態であった。世界中に放映された「酩酊会見」の映像は、瞬く間に日本中を駆け巡り、激しい非難の嵐が巻き起こった。
中川は帰国後、激しい体調不良と過労、薬の服用が原因であると説明したが、批判の炎は収まらなかった。野党からの辞任要求はもちろんのこと、与党内部からも「選挙の顔にならない」と冷ややかな声が相次いだ。麻生首相は盟友を庇おうとしたが、政治情勢はそれを許さなかった。結果、中川は大臣辞任へと追い込まれる。
後年、このG7での出来事については、単なる体調管理の失敗にとどまらず、過密日程による極度の疲労や、国際金融支援をめぐる過酷な外交交渉のストレスが背景にあったことが明らかになっている。IMF(国際通貨基金)への10兆円規模の拠出という中川の決断は、世界経済の連鎖倒産を防いだ歴史的功績として評価されているが、当時のメディア狂騒曲の中でその功績が省みられることはなかった。