サンリオを語る上で欠かせないのが、1974年に誕生したハローキティの存在です。当時、スヌーピーなどの米国製キャラクターグッズをライセンス販売していたサンリオは、自社オリジナルのキャラクター開発を急務としていました。初代デザイナーの清水侑子氏がデザインした小さなプチパース(ビニール製小銭入れ)に描かれた名もなき白猫のイラストこそが、後に世界130以上の国と地域で愛される世界的アイコンの始まりでした。
キティにはあえて「口」が描かれていません。これには「見る人の感情に寄り添い、嬉しい時は一緒に喜び、悲しい時は共に悲しんでくれる存在であってほしい」という創業者の深い哲学が反映されています。
一方で、辻信太郎氏の経歴における知られざる巨大な挑戦が本格的な映画製作への進出でした。1970年代からハリウッドに現地法人を設立し、莫大な私財と情熱を注ぎ込みました。その執念は結実し、1978年に製作したドキュメンタリー映画『愛のファミリー(原題:Who Are the DeBolts?)』は、第50回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞するという日本のエンタメ企業として前人未到の快挙を成し遂げました。
その後も『シリウスの伝説』『星のオルフェウス』『ユニコ』など意欲的なアニメーション大作を次々と製作。興行的には莫大な赤字を計上し経営を圧迫した時期もありましたが、映画事業への飽くなき挑戦は、サンリオの持つ「物語性」と「クリエイティブへの妥協なき姿勢」を決定づける礎となりました。
また、1975年の創刊以来、現在も発行が続く機関紙『いちご新聞』において、辻信太郎氏は「いちごの王さま」名義で毎号欠かさずメッセージを執筆。反戦平和、友情の尊さ、自然保護を訴え続ける創業者メッセージは、半世紀にわたり何世代ものファンとサンリオを結ぶ強固な絆となっています。