ビリー・ジョエル『オネスティ』なぜ日本でだけ異例の社会現象に?

ビリー・ジョエル『オネスティ』なぜ日本でだけ異例の社会現象に?

ビリー・ジョエル『オネスティ』なぜ日本でだけ異例の社会現象に?についての真相をお届けします。

ビリー・ジョエルが1977年に発表した前作『ストレンジャー(The Stranger)』は、名匠プロデューサーであるフィル・ラモーンとのタッグによって彼を一躍世界的スーパースターへと押し上げました。その熱狂のただ中で制作されたのが、1978年リリースのアルバム『ビリー・ジョエル ニューヨーク52番街』(原題:52nd Street)です。

このアルバムは、ジャズミュージシャンが多く集まるマンハッタン52丁目のスタジオで録音され、グラミー賞の「最優秀アルバム賞」と「最優秀男性ポップ・ボーカル・パフォーマンス賞」の2冠に輝きました。のちに世界初の商業用コンパクトディスク(CD)としてソニーから発売された記念碑的レコードでもあります。

音楽評論家の証言によると、当初ビリーはこの曲のサビのメロディに合わせて「オネスティ」ではなく、語感が似ている別の仮タイトルを当ててハミングしていたといいます。しかし、詞を書き進める中で、名声を得るにつれて周囲に群がる利害関係者や偽善的な言葉に対する強烈な違和感が募り、「Honesty(誠実さ)」という重い言葉が宿ることになりました。ビリー・ジョエル 代表曲 経歴を振り返っても、ショウビジネスの欺瞞に激しい怒りを抱いていた当時の彼の精神状態が克明に刻み込まれた、極めて純度の高い告白録だったのです。

日本のファンが投票する『ビリー・ジョエル 名曲 ランキング』では、『ピアノ・マン』や『ストレンジャー』と並び、必ずと言っていいほど『オネスティ』が1位あるいは2位を争います。この現象は、派手なエンターテインメント性よりも、アーティストの内面にある剥き出しの葛藤に共感を寄せる日本のリスナー気質を如実に物語っています。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。