町田康氏の表現者としての原点は、1970年代末から1980年代初頭の関西アンダーグラウンド・パンクシーンにあります。10代の頃に結成したバンド「INU」名義で、1981年にメジャーレーベルからリリースした名盤アルバム『メシ喰うな』は、日本のロック史に不滅の足跡を刻みました。
当時、「町田町蔵」と名乗っていた彼の放つ言葉は、既存の反抗や怒りといったパンクのステレオタイプを嘲笑するかのように、不条理で高度な言語遊戯に満ちていました。叫び散らすのではなく、言葉の響きと意味を極限まで衝突させるボーカルスタイルは、すでに後年の文学的才能を色濃く予見させるものだったのです。
INUの解散後も音楽活動や映画出演(石井聰互監督作品など)を続けながら、1992年に詩集『供花』を発表。そして1996年、34歳のときに「町田康」名義で発表した処女小説『くっすん大黒』が、いきなり野間文芸新人賞とBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞します。音楽界から文学界への鮮烈な越境は、当時の文壇に巨大な衝撃を与えました。