ネット上の簡易的なまとめ記事などでは、本作が「突飛な展開が連続するだけのトンデモドラマ」や「リアリティを無視したカルト作」として表層的に語られるケースが少なくありません。しかし、これは作品の本質を見誤った誤解と言わざるを得ません。
脚本を手掛けた吉本昌弘氏の構成を丹念に追跡すると、突拍子もないように見えるどんでん返しの一つひとつに、緻密な伏線と人物行動の動機付けが施されていることが分かります。本作の真の革新性は、登場人物全員が「自分の欲望に対して極めて合理的かつ忠実に行動した結果、全員が自滅していく」という、高度な論理的破綻劇を構築した点にあります。
また、演出面においても、カメラワークの目まぐるしいスイッチングや、セリフを被せるようなテンポ感の編集など、後の日本のサスペンス演出の標準となる数々の実験的撮影技法が投入されていました。単なる刺激のインフレではなく、極限状況における人間の心理崩壊をエンターテインメントに昇華させた演出力こそが、このドラマを古典の領域へ押し上げた決定的な要因です。